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2008年05月23日

心と文化

大切な大切な教えですね。

心の病気
心の病気は医学的には精神疾患と呼び、標榜科名としては精神科、神経科、心療科、心療内科などがそれにあたる。

心療内科は日本で1996年に標榜科として認可された。内科疾患の中でも、消化性潰瘍、気管支喘息、狭心症、糖尿病などは心身相関のある疾患であり、身体面に併せて心理的要因・社会的要因が複雑に影響しており、同標榜科においては心身一元論的視点から、それらの要因も含めて全人的治療を行っている。現在のところ同標榜科の医師には心療内科を専門とする心療内科医もいるが、大半は精神科医である。

心と文化
「こころ」は、意思などが「宿る何か」だけでなく、意思的な作用そのものを指すこともある。「心を受け継ぐ」などと表現する。 現代風に譬えるならば、PCのハードではなく、ソフトウェアを指している、とでも表現できよう。ソフトウェアはPCからPCへと自在に移りながら働いてゆく。見方によっては、ソフトウェアのほうが主体で、ひとつひとつのPCはただの乗り物にすぎない、とも言える。同じように、「こころ」がそれ自体ひとつの"生きもの"であり、人間はそれを受け取っている器という発想もある。
チャールズ・サンダース・パースは「人間記号論」において、「ことば」そのものが独自のいのちを持っており、成長し、増殖・衰退もするのであり、人間の集団はその「ことば」の"interpretant"(解釈体)としての面があることを指摘している。
これは伝統的に、カトリック教会において「教会はイエス・キリストのからだ」としばしば表現されることにも通底している。ここでいう「教会」とは建物のことではなく「信者の集団」のことである。イエス(の意思、アガペー)が「こころ」であり、信者ひとりひとりがその「からだ」ということである。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
町田 デリヘル
新宿 デリヘル

2008年03月21日

ベトナムの興味があること


ベトナムの歴史にこんなに深い意味があったとは知りませんでした。
一度いってみたいなぁ。


正式名称はベトナム語で「C?ng Hoà Xã H?i Ch? Nghĩa Vi?t Nam」。略称は「Vi?t Nam」である。フランス語では「République socialiste du Viêt Nam |」。


公式の英語表記は「Socialist Republic of Vietnam」、略称は「Vietnam」、または「SRV」。

日本語表記は「ベトナム社会主義共和国」。通称は「ベトナム」、漢字は「越南」(えつなん)である。「ヴェトナム」や「ヴィエトナム」という表記も使われる。

ベトナム語による名称「C?ng-hòa Xã-h?i Ch?-nghĩa Vi?t-nam」は「共和社会主義越南」という漢字に対応する。


歴史


紀元前から北部ベトナムの紅河(ホンハー)流域一帯には東南アジア最古の青銅器文化として知られる東山(ドンソン)文化が広がり、原始的な部族国家群を形成していた。これがいわゆる古越人(後のベト族)である。また中国・紹興一帯を支配した越の末裔が、民族のルーツとの説もある。 秦始皇帝以後、千年にわたって中国王朝の郡県支配を受け、中国文化の影響が深く浸透したが、完全に中国化することはなかった。一方中部ベトナムではオーストロネシア語族系統の古チャム人(後のチャム族)がインド化されたチャンパ王国を形成していた。唐末五代の混乱で中国の支配が後退すると939年に最初の民族王朝呉朝が成立、以後 越人の王朝「大越」が続く。大越は南のチャンパと抗争を繰り返したが、チャンパ領は14世紀に越都昇龍(タンロン)を2度攻略した制逢峨(チェーボンガー)の死後 内紛で割拠状態に陥り、1471年以降大越黎朝(1428-1788)及びその諸侯である広南阮氏がこれらを各個撃破して南進し、広南阮氏は更に17世紀にカンボジア領であったメコン川流域まで併合して今日のベトナム領土が完成した。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年11月11日

奥が深い文法の話

主語の起源と存在理由。
難しいですね。もっと理解したいとおもいました。

主語は元々三段論法など伝統論理学の用語であった。三段論法では2つの前提文から結論文を正しく導くことが目的になる。ここで「文」とは「全てのバラは 赤い」のような平叙文であり、真偽の判定ができる、いわゆる命題のことである。

文は前半部分「主語」と後半部分「述語」からなるとされる。主語とはそれについて「何事か言われるもの」であり、述語とはその言う事柄のことである。そして正しい考えの道筋が、複数の文の主語・述語を比較することによって説明されるのであった。文は真偽を問うことができるが、文の主語や述語を取り出して、それだけについて真偽を判定することはできない。

この主語という言葉が伝統文法の成立時から取り入れられ、ここでは基本的に「動詞に一致する主格名詞」の意味になった。文の前半部分はそのような名詞になることが多かったからである。やがて伝統文法は同じく「偉大なる西洋の伝統」の柱である伝統論理学とともに学校で教えられることになる。

ここで2つの概念「意味の完成に必要な要素」と「動詞に一致する主格名詞」が同じ言葉「主語」を橋渡しになかば同一視された。また文法とは「文章作法」であったから、定着した理解は『作文において、あらゆる文には主語と述語がなければならない』というものであった。「主語+述語」のパターンの有無が、まともで「論理的な」文章の基準となったわけである。


主語の定義
西洋の言語学界では1850年から1930年にかけて、「主語」の意味をめぐって論争が繰り広げられた[1]。過去に用いられた「主語」という用語を分析すると、以下の3つの概念が立ち現れてきた。すなわち、心理的主語(psychological subject)、文法的主語(grammatical subject)、論理的主語(logical subject)である。

心理的主語(主題)
話し手と聞き手がともに認識している事柄、文の残りの部分への「出発点」となる事柄を表す部分が心理的主語である。現在は主題などと呼ばれる。
何が主語かは文脈に依存し、同一の文でも主語・述語が異なって分析されることがある。たとえば、Taro is running. (太郎は走っている)という文が「太郎は何をしているのか」という質問に対して発話されるとする。この場合、Taro (太郎)は双方が認識している事柄であるから主語であり、is running (走っている)は質問者が知らなかった情報を述べているので述語である。
一方、「走っているのは誰か」の答えとして Taro is running. (太郎が走っている)と言われた場合は、 Taro (太郎)は「質問の答え」だから述語であり、「誰かが走っていること」は双方が認識していたので、is running (走っている)は主語である。
日本語では、助詞「は」で主題が表されることが多い。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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